日本の民主主義は単なる手段(残留農薬検査)

いまのアメリカは日本の弥生時代によく似ている。

アメリカは〈人種の堆塙〉ではあるけれども、原住民だったインディアン以外にアメリカ民族は存在しない。

だから、アメリカ合衆国という国家の旗の下に結集するのである。

アメリカ人というけれども、その内実はどこまでいっても、白人は白人、黒人は黒人、中国人は中国人であって、多少の混血はあるだろうが、日本のように稲作という共通の基盤をもって〈たまり〉と〈熟成〉と〈発酵〉の単一民族には絶対になりえないだろう。

国が大きいからどこまでも〈租界〉があり、いつまでもその構造がつづいて、かえって分割していく可能性のほうが強いようにみえる。

そういう意味で、アメリカは偉大な相対性国家である。

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このページは、-が2014年4月14日 16:23に書いたブログ記事です。

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